生保労連(全国生命保険労働組合連合会)は生命保険会社の営業部門・事務部門に働く労働者25万人(19組合)を組織する労働組合です。

生保労連のつなげる、つながるブログ

「芋煮会」を初体験

みなさんこんにちは、労働政策委員会を担当しています書記の舘です。

今年も残りわずかとなりましたが、みなさんはどんな一年でしたでしょうか?

 

私はといえば、今年は例年になく、旅行へ出かける機会が多かった一年でした。

直近では、北陸新幹線が開通したことを受け、念願だった金沢へも行き、これで国内全都道府県制覇も見えてきました。特に、今年の旅行の中で印象的だったのは、「芋煮会」を体験できた山形旅行です。

 

山形には、スキーで蔵王に行ったことしかなく、なかなか出かけるきっかけもなかったのですが、あるきっかけで「芋煮会」に参加できる機会をいただいたので、ぜひ満喫しようと、期待を膨らませて行ってきました。

待ちに待った「芋煮」!

待ちに待った「芋煮」!

東京では、河原等の野外で行うとすればバーベキューが主流だと思いますが、山形では、家族やグループで「芋煮会」をしてわいわい楽しむそうなので、「芋煮会」用のセットレンタルや準備等もしてくれる業者さんもあるというので驚きました。

 

芋煮の他にも、玉こんにゃくやニジマスの塩焼き、ブドウ、ずんだもち、トンペイ焼き等、いろいろ御馳走が並び、締めには芋煮の出汁を利用した「カレーうどん」まで…。これがまた格別においしかったです。

自然の中で大勢の人と食べる「芋煮会」を満喫し、芋煮ファンとなってしまいました。

 

このお鍋を使って約3万食分作られるそうです

このお鍋を使って約3万食分作られるそうです

9月には、「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、直径6mの鍋を使って芋煮を煮込むそうです。大量の材料を混ぜるのにショベルカーを使うそうなので、豪快なんでしょうね…。

いつか、その風景を見に&芋煮を味わいにも行きたいものです。

 

 

10月でもカメラのシャッターが押せないほど手がしびれる寒さだったお釜

10月でもカメラのシャッターが押せないほど手がしびれる寒さだったお釜

“おいしい山形空港”という愛称がある山形だけあって、お米の「つや姫」、米沢牛、サクランボ、ラフランス等の果物、おそば等、おいしい物がたくさんあるそうなので、その時期のおいしい名産を堪能しに、是非また訪れたいと思います。

 

食べ物だけではなく、蔵王の「お釜」や「山寺」などの観光とあわせ、プロが選ぶ旅館百選TOP10に入る「古窯」での宿泊と、景色と温泉も満喫させてもらい、充実した旅行となりました。

 

1000段の階段を上った山寺からの風景

1000段の階段を上った山寺からの風景

来年はまだどこに行くか決めていませんが、その地を満喫できる内容の旅行を計画して出かけたいと思っています。もし、どこかいい場所をご存知でしたら、教えていただけたら嬉しいです。

 

最後に一言。

来年も引き続き、生保労連をよろしくお願いいたします。

みなさん、良いお年をお迎えください。

 

長い付き合いとなりました

みなさん、こんにちは、

本年度より営業職員委員会を担当しております副委員長の中村です。

 

さて、今回は愛車についてお話ししたいと思います。

「もうすぐ、30万キロ」

これは私の乗っている車(エクストレイル)の走行距離です。

 

23年間、郊外支部(埼玉県東部)の支部長をしていたので、年間走行距離は約2.5万キロ。多くの営業職員を乗せては走りました。

車中では、営業職員との世間話で盛り上がります。時には励まし、励まされながらのとても貴重な時間でした。

 

そんな車ですが、元気に見えてもそろそろ寿命かもしれません。

 

一般的に10年、10万キロが寿命だと思われているようですが、ギネスでは、360万キロも走行した車が認定されているとのことです。すごい!

よく見かけるタクシーで約50万キロ(節税のため5年で廃車が多いとのこと)、バスで100万キロ以上だそうです。しかも退役後は東南アジア等で第二の人生とのこと。

さすが日本車、とても頑丈です。

 

営業車両に比べるとまだまだですが、私の車には営業職員さんとのたくさんの思い出が詰まっています。外国に売られていくのもかわいそうだし!ここまで来たら30万キロまで延命か!?

 

まあ、車の体調を見ながら次の車検まで悩んでみようかと思います。

 

 

いよいよ2016春闘が始まります。労連一同、全力で取り組んでまいります。

みなさんの引き続きのご協力をお願いいたします。

感動の初対面!~家族の「夢と希望」の実現に向けて全力投球~

皆さんこんにちは。本年度より組織委員会を担当している本間と申します。

先日9月9日に、待望の第1子となる女の子が誕生しました!娘には「香帆」(かほ)と言う名前をプレゼントして、その日のうちに役所への届出をしました。

「香帆」と言う名前には、「香」の文字に、「美しく、そして気品あふれる女性に」そして、「帆」と言う文字には、「大海原を航行する帆船のように、『人生』という大海原を進む中で、どんな波が来ても力強く前に進んでいく強さを備えて」という願いを込めました。

 

子どもの成長は本当に早いもので、生まれた時の体重は3,600グラムだったのですが、2か月経った現在は5,000グラムを超えており、順調に育っている姿を見て、毎日とても嬉しく感じています。

生まれて間もない頃の写真です!

生まれて間もない頃の写真です!

生まれて約ひと月経過後の写真です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、先日、自宅近くの神社にお宮参りするとともに、両親が眠る鎌倉のお墓にも近況報告を行い、「娘の健やかな成長」も日々願っています。

 

さて、私の自宅近くには、相模鉄道(現在では神奈川県内のみに路線を有する大手私鉄で、相鉄線と呼ばれています)いずみ野線の「ゆめが丘」という駅と、相模鉄道線の「希望ヶ丘」という駅があります。両駅を結ぶ、すなわち「夢」と「希望」を結ぶ「ゆめきぼ切符」という記念切符が受験シーズンにお守りとして販売されています。

私も毎年「ゆめきぼ切符」を購入し、その時最も叶えたい願い事を切符の裏に書いて、専用のホルダーにしまい、大事に持ち歩いています。

今年は家族全員分の切符を購入する予定です。家族がいつまでも仲良く、そして「夢」と「希望」が叶うためのお守りになれば良いなと願っています。

 

娘が将来どのような道を選び、そしてどのような大人になっていくか、可能性は未知数です。娘の「夢」の実現に向けて、最大限にサポートをしていきたいと思います。

これからも、仕事と家庭での家事や育児などに全力投球で取り組みます!

一年を経て思う事

副委員長の小川です。

二回目の投稿となり、生保労連に携わって一年が過ぎました。一年は早いものですね。

 

若いときには、早く年を重ね、立派な社会人として認められたい。一人前の大人として見てもらいたい。などと思っておりましたがさすがにこの年齢(63歳)になると、「時間よ!止まれ」と言いたくなります。

 

先日届いた連合の月刊誌を見て古賀前会長の若いころの話(学生時代⇒社会人⇒労働組合との関わり)など知ることが出来ました。

先日の定期大会を機に退任されましたが、「本当に長い間ご苦労様でした」と言いたくなります。組合活動を36年間務められ、きっと隅々まで組合というものを理解されていた事でしょう。

 

それに比べれば私の10年間は恥ずかしいばかりです。

私もこの立場になる以前は「銀行員生活20年(合併により退社)⇒電気工事業勤務8年(生死を分ける事故に遭い職業替え)⇒保険業界14年」と結構必要のない経験もしました。(内容を書けば長くなるのでまた別の機会に)

 

今の仕事は年齢的にも大変なことは分かっているつもりですが、関係する皆さんの生活を少しでも向上させることができたら、皆さんに役立てばと、老体にムチ打って頑張るつもりです(ロータリークラブの人たちに言わせれば60代はまだまだ若造だと言われていました…)。

 

でも、良いことも沢山あります。人と会う機会・話す機会がどんどん増え、仲間に共感してもらうことができ、労働組合がなぜ必要でどんなことをしているのかやっと理解できたと言ってくれた時には喜びを感じます。

一歩ずつではありますが、目指すところに前進しているのがわかるからです。

 

東へ西へと動き回っているため、東京での生活は月10日位です。移動中の電車やバスで景色を眺めていると、地域により家の造りや田んぼや畑の造りなどもかなり違うことに気づかされ、勉強になります。飛行機移動では、JAL名人会(JALグループの機中で聴くことができる「落語・演芸」のオーディオ番組)を聞くのが楽しみになりました。その中の話に

 

人は年を取ると暑さ寒さに対し感覚が鈍くなるようで。…あるとき熱中症で倒れた人がお医者さんに尋ねたらしいです。

「人が暑い暑いと言っているのに私はあまり感じなくなったのだけど」と質問したら医者が言ったそうです。「それはね爺さん、今のうちから焼き場に行く準備をしているんですよ」

…(笑)

私はまだ暑い寒いも感じております。そんなことを感じながらもう少し今の立場で残された社会人生活を全うしていきたいと思っております。また皆さんにご協力をお願いすることがあると思います。どうかまた一年宜しくお願い致します。

 

 

さりげないサポートを

皆さん、こんにちは。今年9月から連合に派遣されている特別中央執行委員の加納です。

 

初めてのブログ投稿ですので、まずは簡単な自己紹介をしたいと思います。

 

〈自己紹介〉

先月40歳を迎えた1975年生まれ。身長は172㎝、体重は59キロ(ここ最近は増加基調)。

まだ連合に着任してからの期間は短いのですが、この10月からは主に経済政策、財政まわりに携わっています。何卒よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

〈最初に〉

さて、今日は「認知症」のことに触れたいと思います。ただ、最初に誤解がないよう「認知症」は決して恐ろしい病気ではない、悲観するものでもない、誰もがなる可能性のあるもので、周りの支援などにより変わらず穏やかに生活できるものであることを言っておきたいと思います。

今後も「認知症」を患っている人の数はますます増加していくようです。小さなことからでも自分は何をできるのか、手伝えるのか、自分の現在進行形の状況も交えながら、話を進めていきます。

 

〈認知症を患う人の数〉

今年1月、厚生労働省は「全国で認知症を患う人の数が2025年には700万人を超える」との推計値を発表しました。認知症高齢者は2012年時点で全国に約462万人と推計されており、約10年で1.5倍にも増える見通しで、65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症に罹患する計算となります。
〈なぜ「認知症」の話をするのか〉

それは私の身近な人が、今年8月に「認知症」と医者に診断されたからです。

 

〈認知症サポーター講座を受講してはいたのですが・・・〉

昨年、機会があり「認知症」の正しい知識、対応の仕方の基本を学ぶ「認知症サポーター講座※」を受講しました。この講座は、認知症の正しい知識を得ること、対応の仕方の基本を学ぶこと(3つの「ない」1.驚かせない 2.急がせない 3.自尊心を傷つけない)等を目的としたものです。

実際には、「自尊心を傷つけない」ように話をするのはとても難しい場面があると感じています。そう感じた具体的な場面を紹介したいと思います。

 

きっかけは医者から「車の運転は止めるように」と言われたことでした。

○自分はこれまで無事故・無違反だし、何ら問題なく車を運転してきている。

○電車や徒歩での生活はできたとしても、やっぱり車で出掛けたい時や、車でないと行けない場所もある。

○「車を運転しないように」となぜ医者からそこまで言われないといけないのか。そんな権限はあるのか。

○認知症の本を読んでチェックしても、自分が認知症とは思えない。医者からの一言でなぜそこまで言うのか。

 

しかし、認知症の症状が、本当に運転を止めないといけない程度なのか私に測ることはできません。それでも車の運転はやっぱり心配で、この機に止めてほしいと思います。

 

「事故を起こすとは思わないよ。でも万が一のことが心配だから、運転を辞めた方が良いんじゃない?車がなくても変わらない生活ができるよ」と穏やかに話しても、本人は「車の事故なんて誰でも遭遇する可能性はあるのは変わらない、自分は事故に遭わないようにこれまでも慎重に運転してきている」と言うのです。

 

言っていることは筋が通っているし、いくら周りの人が心配していることを伝えても、本人が納得できる話でもない。でも、やっぱり車の運転は心配で、この機に止めてほしい。その繰り返しが暫く続きました。

 

結局、車は売却することになりました。

 

本人は腹の底からは納得していませんし、できるものでもないと思います。こちらも無理に納得させようという気持ちで話をした訳ではないのですが、一連のやりとりで「自尊心を傷つけない」ように話すことはできなかったと思っています。

 

※認知症サポーター

認知症サポーターとは、認知症について正しく理解し、認知症の人や家族を温かく見守り、支援する応援者。全国に約634万人のサポーターが誕生しています(平成27年6月末現在)。認知症サポーターやその養成講座について、詳しくは以下の厚生労働省のホームページも是非見てください!

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089508.html

 

〔オレンジリング(認知症サポーターの印 ※養成講座を受講するともらえます)〕

 

 

 

 

〈今後〉

「認知症」で1番苦しいのは本人だと思います。一方、私はわたくしで、いままで以上にできることを、小さなことも含めて積み重ねていきたいと思っています。

 

「認知症」についての知識を既にお持ちの方も多くいらっしゃるかと思いますが、一人でも多くの方が正しい知識を持ったうえで、「認知症」の方にもさりげないサポートをして貰えたらと思います。

 

そして最後になりますが、「認知症」に限らず、困っている人がいれば助けようとすること、変わった様子の人がいないか気にかけること、そんなことが普通に誰に対してもできる人は素敵だと思います。私はまだまだできていません。すべてのことに応えるのは難しいことですが、そんな「気持ち」を大事に毎日過ごしていきたいと考えています。