生保労連(全国生命保険労働組合連合会)は生命保険会社の営業部門・事務部門に働く労働者25万人(19組合)を組織する労働組合です。

生保労連のつなげる、つながるブログ

わたしのOFFの過ごし方

みなさんこんにちは。副委員長の大北です。

さて、4月20日(月)、生保労連主催「ワーク・ライフ・バランス労使フォーラム」がホテルラングウッド(日暮里)で開催されました。当日は130名を超える参加者で会場は満席となりました。

パネルディスカッションでは、パネリストのみなさんの発表が素晴らしかったです。

 

そこで、今回のブログでは、ワーク・ライフ・バランスに関連して「わたしのOFFの過ごし方」についてコメントしたいと思います。

 

1.マイスペック

 

年齢:1962年生まれ。今年の2月で53歳に

体格:身長170㎝、体重58キロ前後。BMIは20.0の痩せ型

 

2.週末は介護とスポーツ

 

スポーツ歴:15年

38歳の春、近所のテニススクールに家族4人で通い始めました。

翌年から、スクールに併設されたスポーツジムに夫婦で通い出し、ランニング・筋トレ・エアロビクスダンス・水泳・キックボクシング・ゴルフ・ヨガなど、様々なメニューを組み合わせて楽しんでいます。

最近は親の介護ケアを終えた、夕方の時間からジムに出掛け、ジム滞在時間は4時間くらい。帰宅後は、お酒も食事も美味しく、睡眠の質も高まります。

(写真はイメージです)

何故やりたいのか:プライベートの時間では、ストレス解消法(心身をリフレッシュして気持ちを整える)としてONからOFFに切り替えることが大切。日常の業務で最高のパフォーマンスが発揮できるよう、OFFタイムではストレス解消法として、「面白い」と思える趣味を幅広く持つようにしています。スポーツもそのひとつです。

ちなみに、ストレスは人並みだと思いますし、スポーツのメニューの多さも、私が飽きないようにジムのパーソナルトレーナーが色々なメニューを組み合わせてくださった結果です。

 

不安:腰痛

インナーマッスルを鍛えることは言うまでもありませんが、腰を痛めないように、全てのスポーツで、基本となる正しいフォームの習得に拘っています(フォーム習得にはパーソナルトレーナーが必要)。フォームを改善することで、パフォーマンスが向上したり、怪我や故障の予防にもなったりもします。

 

3.年齢と素直に向き合える様に

 

注意していること:有害にならない程度の運動量に調整すること

私がスポーツを始めた頃、つい、熱中し過ぎて失敗した経験があります。例えば、ランニングでタイムトライアルに夢中になって(4時間を切ったとか3時間を切ったとか)、そのあと身体が故障。これはいけませんね。

 

身体にある程度の負荷をかけるのは良いと思いますが、当時の私の様に40歳を過ぎ、体力が下り坂に向かっている時に自らを痛めつけるというのは愚の骨頂です。そもそも、自然界で自ら好き好んで走る動物は人間以外いないのですから。

そこで、レッスンの内容を組み替え、もっと遊び感覚のある楽しいメニュー(ダンスやゴルフ)を多く取り入れました。

 

50歳を過ぎると、ONタイムに備えて、土曜日は激しいトレーニング、日曜日はヨガやストレッチなどボディメンテナンスのメニューを組んでいます。

 

この様に、ストレス解消のひとつとして始めたスポーツでしたが、トレーニングのメニューが年齢とともに変化しているのは、自分の年齢と素直にむき合える身体づくりが一番大切だと感じているからです。

スポーツに限らず、仕事も趣味・嗜好も同様ですね。

生保労連は「平和」についてどう考えていたか

書記局顧問の佐藤です。この5月末で定年後嘱託期間を終えますので、ブログ登場は最後となります。

今回は、生保労連の「語り部」として、生保労連が「平和」について、どのように考えてきたか(あるいは考えていたか)、約30年前に遡って振り返ってみたいと思います。

私の手元に、生保労連の1984年度の「運動方針」があります。その頃の「われわれを巡る情勢」は、「国際情勢」「国内情勢」「業界情勢」の三部構成で、前二者は「政治」と「経済」に分かれていました。そこでは、「平和」についてどのように書かれていたでしょうか。

(1)国際情勢から見て

1984年頃は、米ソの二極から中国を加えた三極構造の時代に移行しつつ、核開発など軍備拡大競争が進んでいました。経済では、第2次オイルショックの低迷を脱しつつありましたが、先進各国で失業、財政赤字、貿易摩擦が重要な課題として浮上してきた頃でした。

このような政治や経済の情勢を整理して、「運動方針」では、次のように課題をまとめています。

 

こうした「対決」と「協調」の時代の中で、わが国は唯一の被爆国として、かつ貿易立国として

国際社会のなかでいかなる役割を担い、世界平和に貢献していくかを問われている。

 

 

(2)国内情勢から見て

83年末に中曽根内閣が成立し、それまでの保守本流政治から「戦後政治の見直し」が打ち出され、防衛、改憲、教育問題、そして原子力政策などについて、大きく舵を切ろうとしていました。経済では、高度成長が終焉して、「内需低迷」「貿易摩擦」「財政再建」が三重苦として取り上げられ、それらは今日まで続く課題となってきました。

このように戦後政治と日本経済にとっての大きな転換の時期でしたが、「運動方針」の情勢では、情勢認識として、「平和と生保産業の関係」を次のように結んでいます。

 

平和によって成り立つ生保産業に働くわれわれも、政治に対しては強い関心を持つ必要がある。

 

(3)これからも「平和によって成り立つ生保産業」は変わらない

この30年の間に国内・国際情勢とも大きく変化してきましたが、「戦後からの脱却」をめざす潮流は勢いを増しているようにも見えます。

今回は、こうした時代の中で、「語り部」としての思いから、先達たちが「平和」についてどう考えてきたか、生保産業の労働組合として記憶に留めておいてほしい「歴史」を紐解いてみました。

今年は戦後70年です。生保産業は戦争で壊滅的な打撃を被りましたが、多くの会社が「第二会社」として再スタートし、今日まで「安心を提供する生活保障産業」として発展してきました。そして、これからもその礎に「平和」があることを忘れずに、契約者の皆様、そして組合員の安心と生活を守るために労働組合活動をしっかりと進めていくこと期待しています。

今年の上野の花見は、アジアや欧米の観光客の方が多かったとか。

 

日の本の平和なればの花見かな (「不忍池・桜二景」2015.3.31 筆者撮)※クリックして拡大


 

 

 

 

 

 

 

GWを目前にして思うこと

皆さん、こんにちは。連合(労働法制対策局)に派遣されている特別中央執行委員の城尾です。

 

4月を迎え、新しい年度が始まりました。皆さんの中にも、進学や就職、人事異動などで、3月までとは違った新生活をスタートされた方がいらっしゃることと思います。また、「私はそれほど大きな節目は迎えなかったよ」という方であっても、職場に新しいメンバーを迎え入れたなど、仕事や生活の雰囲気・リズムが変わったという方は多いのではないでしょうか。

 

私自身については人事異動などの大きな節目は迎えませんでしたが、年度が改まったことで(漠然と?多少なりとも??)「今年度もがんばろう」という気持ちになっているところです。

 

さてここで、自分自身のこれまでの年度始の有り様を振り返ってみると、大きな節目を迎えた時には新しい環境に適応するのに精一杯で、チャレンジすべき目標などについてじっくりと腰をすえて考える気持ちや時間の余裕は持てませんでした。一方、大きな節目を迎えたとまでは言えない年度始であれば、多少気持ちが引き締まることはあったとしても、基本的にはいつもの日常をいつものように繰り返していただけだったように思います。

 

しかし、心機一転新しいことにチャレンジしたり将来のことを考えたりするのにふさわしい年度始、このようにバタバタと慌しく、あるいはマンネリ気味に漫然と過ごすばかりでは、とても勿体無いような気がしてきました。じっくりと考えるべき事柄は、自分や家族の暮らしといった身近なことから、日本や世界が抱える社会的な課題まで、本当に数多くあるはずなのに・・・。

 

 

 

そこで、今年は、「ゴールデン・ウィークに単にレジャーなどで息抜きするだけでなく、じっくりと物事を考える時間もとるようにしよう」と思っているところです(もちろん、4月29日のメーデー大会では、働く者のこれからについて考えていかなければなりませんね(←皆さんも是非ご参加ください!

 

 

さあ、もうすぐゴールデン・ウィークが到来します!4月からの新生活の疲れをゆっくりと癒すも良し、思う存分にレジャー等でリフレッシュするも良し、じっくりと思索を深めるも良し。皆さんはどのような過ごし方をされますか??

休日は 男磨かず 靴磨く

こんにちは。組織局・政策局の小島です。

昨年9月に、連合の関係団体である教育文化協会から生保労連に復帰し、初のブログとなります。

 

さて、このブログで紹介されているとおり、みなさん、非常に多くの趣味をお持ちですね。私はというと、さして披露できるような趣味もなく、「はて、どうしたものか」と思っていました。

 

そこで、「何か趣味と実益を兼ねたものは無いものか・・・」と常々考えていたところ、思い立ったのが「靴磨き」です。

 

私が生保労連に入局して数年が経った頃、とある副委員長(後に委員長)から、「とにかく、靴だけはいつも綺麗にしなさい」と、口酸っぱく言われたことが、20年近くの時を経て、ふと頭を過りました。

そして、生保労連への復帰を機に、休日には必ず一足、靴磨きをしています。

 

 

基本的な手順は、①ブラシでサッと汚れを落とす⇒②乳化性のクリームを薄く塗る⇒③ブラシをかけ、余分なクリームを落とす⇒④油性ワックスを爪先と踵に薄く塗り、少量の水を含ませた布で優しく擦る(この作業を、爪先と踵が光るまで何度も繰り返す)⇒⑤ストッキングを使って全体を磨く、です。

 

上記の手順のなかで、④の作業中が一番心が安らぐ時です。たとえ、大して光らなくても良いのです。所詮自己満足の世界なのです(笑)。爪先を優しく擦りながら、様々なことに思いを巡らす、それが今の私にとって一番大切な「自分だけの時間」となっています。

 

ちなみに、靴磨きのなかで一番大変なことは、①~⑤の手順にはありません。それは、靴磨きを終えた後の「手洗い」です。毎回、靴を磨き終えた後、はたして靴を磨いているのか、手を磨いているのか、自分でもよく分からなくなってしまいます。

 

自分で磨いた靴で出勤する朝は、とても気持ちが良いものです。これからも怠けることなく靴磨きを続け、出来れば男も磨きたいと思う、今日この頃です。